アメリカのハードボイルド小説作家 Raymond Chandler レイモンド・チャンドラー の小説を題材に、生きた英語表現を学んでいきたいと思います。
今回取り上げるのは Playback プレイバック です。
その中でもハードボイルド小説の雰囲気を醸成していく修飾表現を見ていきます。
こういう修飾表現が独特の小説世界を作り上げていきますよね。
Contents
修飾表現 10 通り
peremptory:有無を言わせない・横柄な・高飛車な
The voice on the telephone seemed to be sharp and peremptory, but I didn’t hear too well what it said […]
Raymond Chandler, “Playback” p3., Vintage Crime/Black Lizard
peremptory は 有無を言わさない・横柄な・高飛車な 様子を表す形容詞です。
- peremptory order/command:有無を言わせぬ命令
- in a peremptory voice/tone:有無を言わせぬ声で/口調で
のような使い方をします。
ここは小説の冒頭の一文で、主人公の私立探偵 Philip Marlowe のところに依頼主の Clyde Umney からの電話がかかってきたシーンです。
依頼主の、上から目線で高飛車な態度がにじみ出てくる感じですね。
grudgingly:嫌々・渋々
“Very well,” he said grudgingly, “but I want one thing very clear.
Raymond Chandler, “Playback” p3., Vintage Crime/Black Lizard
grudgingly は 嫌々・渋々 という様子を添える副詞です。
Marlowe と依頼主の Umney の電話でのやり取りですが、何かにつけて Umney の態度が上から目線的な感じであることが伝わってきます。
chintzy:安っぽい・ケチな
“I’m Miss Vermilyea, Mr. Umney’s secretary,” she said in a rather chintzy voice.
Raymond Chandler, “Playback” p4., Vintage Crime/Black Lizard
chintzy は 安っぽい・ケチな という意味の形容詞です。
chintzy という言葉の成り立ちは chintz + y で chintz っぽい ということなのですが、chintz というのは インド更紗 のことで、これは大柄の花模様などがあしらわれた装飾用の布のことです。
とりあえずこれをかけておけば豪華に見える、というところから 安っぽい というニュアンスに派生してきたようですが、ここでの chintzy voice をそのまま 安っぽい声 と訳してしまうだけで終わってしまうと、ちょっとニュアンスを取りこぼしてしまっているかもしれません。
というのは、chintz を使う → ちょっと背伸びして周りからよく見られたい といった心理が背景にあるので、chintzy voice という表現の中に 有能な秘書に見られるように見かけも態度も努力しているが、そこにちょっと背伸びをしている様子が感じ取られる、つまり、見かけとは違う地の部分がありそう、というニュアンスが込められているようなのです。
なかなか奥が深いですね。
well-cherished:大切にしている
She wore a white belted raincoat, no hat, a well-cherished head of platinum hair, booties to match the raincoat, a folding plastic umbrella, a pair of blue-gray eyes that looked at me as if I had said a dirty word.
Raymond Chandler, “Playback” p4., Vintage Crime/Black Lizard
cherished は cherish 大事にする・かわいがる の過去分詞形の形容詞で、大事にする・かわいがる という意味です。
よく・とても・十分に という意味を添える well- がついて well-cherished で とても大事にしている という意味です。
ここは依頼主の美人秘書 Miss Vermylea の様子を描写している場面ですが、その上品で洗練された装いが目に浮かびますね。
inevitable:いつもの・お決まりの
A waitress came with the inevitable glass of ice water, and the menu.
Raymond Chandler, “Playback” p8., Vintage Crime/Black Lizard
inevitable は 避けられない・必然的な・当然の という意味ですが、口語表現では お決まりの・いつもの という意味合いがあります。
ここではウェイトレスが氷の入った水を持ってくるのですが、お決まりの とわざわざ添えているのですね。
カフェやレストランの席についたらウェイトレスが氷水を持ってくるのは お決まりの ことですが、そこでわざわざ お決まりの と言うことで、Marlowe の冷めた目線というか、皮肉っぽさがにじみ出ているのだと思います。
cinch:朝飯前・楽勝
“A cinch. He won’t even see me. […]”
Raymond Chandler, “Playback” p14., Vintage Crime/Black Lizard
cinch は口語表現で 楽勝・朝飯前・たやすい御用 という意味で使われます。
ここでは Marlowe がタクシーで対象者を追跡するシーンです。
タクシーの運転手に、対象者の乗った車を追い越して目的地に先回りするように依頼したところ、タクシーの運転手が 朝飯前だな と軽口を叩いて答えていますね。
こちらの記事 で解説していますが、スラングで タクシー を hack、タクシー運転手 を hackie といいます。
awkward:野暮な・不器用な
You should be able to do it one-handed. You can too, but it’s an awkward process.
Raymond Chandler, “Playback” p26., Vintage Crime/Black Lizard
awkward は 野暮な・不器用な という意味で、洗練されていない様子を表現する形容詞です。
扱いにくい という意味もあり、awkward age で 思春期 という表現もあります。
ここでは Marlowe が 調査対象者の女性 Miss Mayfield に接触する場面で、探りを入れている様子をうかがっているシーンです。
文章自体は、片手でライターを取り扱うことは誰でもできるがそんなのは野暮なことだ、と言っていて他愛のない一文なのですが、 Mayfield の反応を待っている間の少し間延びした様子が感じられるところですね。
kosher:ちゃんとした・合法の
“To be strictly kosher I should call L.A. and tell the party who sent me. […]”
Raymond Chandler, “Playback” p27., Vintage Crime/Black Lizard
kosher はもともとはユダヤ教・ヘブライ語の表現で、戒律に従って調理された料理・肉 を表す言葉のようですが、そこから口語で ちゃんとした・合法の という意味で使われています。
ここでは Marlowe が少しふざけて茶化すように、戒律に厳格に従って行動するのであれば、ロサンゼルス(の依頼主)に電話するさ と軽口を叩いているところです。
shrewdly:鋭く
“But with me knowing you’re there,” she said shrewdly.
Raymond Chandler, “Playback” p29., Vintage Crime/Black Lizard
shrewdly は 抜け目なく・ちゃっかり という意味ですが、say shrewdly で 鋭く言う という意味で口調の鋭さを表す表現で使われます。
Mayfield が Marlowe に鋭く言い放つ場面ですね。
sardonic:皮肉な・冷笑的な
Her lips opened with a sardonic twist to them.
Raymond Chandler, “Playback” p31., Vintage Crime/Black Lizard
sardonic は 皮肉な・冷笑的な・嘲るような という意味を添える形容詞です。
ここは Marlowe と Mayfield の緊迫したやり取りが続く場面ですが、この一文を直訳すると 彼女の唇は嘲るようなひねりとともに開いた となりますが、さすがにこれでは雰囲気が出ませんね。
ややあきらめ交じりの、皮肉っぽい様子を表現しているのだと思います。
まとめ
Raymond Chandler の小説 Playback から、ハードボイルド小説の雰囲気が伝わってくる修飾表現を 10 個取り上げてみてみました。
こういう表現が小説の世界を作り上げているのが伝わってきますね。